「最近、元気が出ない」「理由もなく気分が落ち込む」——そんなとき、その原因がお腹にあるかもしれないとしたら、どう感じますか?
私はアイ・ワークスで就労支援に携わりながら、医学博士として腸と脳の関係を長年研究してきました。支援の現場でも、体調の揺らぎがメンタルや仕事への意欲に直結しているケースを日々目にしています。
全3回のシリーズでお届けする「腸から整える、心と体」の第1回では、なぜ腸がメンタルと社会生活の鍵を握るのか、その理由を科学的な視点からわかりやすくお伝えします。
この記事は、2026年3月に開催したセミナー「腸から整える、心と体の再始動」第1回の内容をもとに執筆しています。動画でご覧になりたい方はこちらからどうぞ。
執筆者プロフィール

小池 智也(こいけ ともなり) | アイ・ワークス 就労支援員・医学博士
1978年生まれ。農学部で栄養学に出会い、医学部博士課程で基礎医学を研究(医学博士取得)。国内外の医学部にて生活習慣病研究に従事後、2021年よりアイ・ワークスにて障害者支援に携わる。
※本記事は医学的な診断を目的としたものではありません。症状について不安のある方は、医療機関へのご相談をお勧めします。
腸って何? 小腸と大腸の役割をおさらい
腸と一言でいっても、大きく2つに分かれます。小腸と大腸です。それぞれの役割を知っておくと、腸とメンタルの繋がりがより実感しやすくなります。
小腸——栄養の入り口、全長6〜7メートルの精密工場
小腸の役割は、食べたものの栄養を体の中へ取り込むことです。
生きるために欠かせない仕事だからこそ、その長さは全長6〜7メートルにも及びます。そして内壁を広げたときの表面積は、テニスコート1面分にも相当するといわれています。体の中にテニスコートが広がっているというのは、なんとも驚きですよね。
大腸——水分を回収し、便を整える最終工程
小腸で栄養を絞り取ったあとの残りカスは、そのままでは体に不要なものとして排出しなければなりません。大腸はその残りから大切な水分とミネラルをしっかり回収し、コンパクトにまとめて排出する、いわば「うんち製造工場」です。
この2つの臓器が連携して、私たちの体は食事から最大限のエネルギーを得ています。
腸は脳より「先輩」だった——進化から読み解く腸の力
「腸は第2の脳」という言葉を聞いたことはありますか? じつは科学的な順番でいえば、腸こそが先輩なのです。
進化の歴史をたどると、今から約10億年前、腸だけをもつ多細胞生物が地球に登場しました。脳はそのずっとあとに生まれています。腸は脳なしでも自分の仕事を完結できる——それはこの長い進化の歴史が証明しています。
腸にある神経細胞は「犬の大脳皮質」に匹敵する
腸には約5億個の神経細胞が集まっており、これを「腸管神経系」と呼びます。この数は、感情や理性を司る犬の大脳皮質の神経細胞数に匹敵するといわれています(参考:犬は猫の約2倍の神経細胞を持つとされています)。
脳の神経細胞が約1,000億個であるのと比べると少なく見えますが、腸は消化・吸収という複雑な仕事を脳の指示なしに自律的にこなしています。まさに「第二の脳」と呼ばれるゆえんです。

腸と脳はこまめに連絡を取り合っている——4つの繋がり
心を扱う専門家たちは「心は脳から生まれる」と口を揃えます。うつ病をはじめとする心の病には、脳の状態が深く関係しています。
そして腸は、その脳と4つの経路でリアルタイムに情報をやりとりしています。
腸と脳は自律神経という「線」で直接繋がっています。自律神経には「交感神経」と「副交感神経」の2種類があります。
- 交感神経:活動・緊張時にオン。筋肉への血流が増え、腸の血流は抑えられます。
- 副交感神経:休息・回復時にオン。腸への血流が増え、消化吸収が活発になります。
緊張したときにお腹の調子が悪くなるのは、この神経の繋がりによるものです。脳が感じたストレスが、直接腸へと伝わっているのです。
ストレスを受けると、脳からの指令で副腎から**コルチゾール(ストレスホルモン)**が分泌されます。このホルモンは血液に乗って腸にも届き、腸の動きに影響を与えます。ストレスでトイレが近くなるのは、神経だけでなくこのホルモン経路でも起きていることです。
また近年、小腸〜大腸から分泌されるGLP-1というホルモンも注目されています。血糖値の調整や食欲の抑制に働くホルモンで、「痩せ薬」として話題になった薬の元となっている物質です。このGLP-1も、腸を健康な状態に保つことで自分の体の中から自然に分泌されます。
腸は体内で最も免疫細胞が多い場所です。体全体の免疫細胞の約7割が腸に集結しているともいわれています。
テニスコート1面分の広大な粘膜は、外界との「国境」でもあります。食べ物の栄養は取り込みながら、有害なものはブロックする——腸の免疫はその精巧な判断を日々繰り返しています。
腸内で炎症が起きると、その情報が血液を通して脳にも届き、「だるい」「気分が落ち込む」という感覚として現れることがあります。

私たちの腸の中には無数の腸内細菌が暮らしています。近年の研究では、うつ病の患者さんの腸内細菌は健康な人と構成が異なることが報告されています。
さらに基礎研究レベルではありますが、うつ病の患者さんの腸内細菌をマウスに移植したところ、そのマウスが落ち込んだ行動を示したという実験結果も報告されています。腸内細菌と心の状態の関係は、世界中で研究が進む注目の分野です(第2回で詳しくお伝えします)。
幸せホルモン「セロトニン」の98%は腸で作られる
「幸せホルモン」として知られる3大ホルモンがあります。
- ドーパミン:やる気・快感に関わる
- セロトニン:心の安定に関わる
- オキシトシン:愛着・絆に関わる
この中でセロトニンは、腸と脳の話に必ず登場するキーワードです。
実は腸が主な製造元——でも「腸が幸せを作る」は誤解
体内のセロトニンのうち、約98%は腸で作られています。これは驚くべき数字ですが、ここで1つ大切な補足があります。
腸で作られたセロトニンは、脳には届きません。
腸のセロトニンは腸の動きや痛みの感覚に使われ、血小板に乗って全身を巡る分もありますが、脳には届かない仕組みになっています。「腸を元気にすれば脳のセロトニンが増える」というのは、厳密には誤解です。
ただし「原料」は食事から取るしかない
脳のセロトニンはわずか2%ですが、それでも心の安定・集中・睡眠リズムの調整に十分な効果を発揮しています(セロトニンは夜になるとメラトニンに変換され、眠りを促します)。
そのセロトニンの原料となるのが、トリプトファンという必須アミノ酸です。体内では合成できないため、食事から摂取するしかありません。トリプトファンを多く含む食材には次のものがあります。
トリプトファンを含む主な食材
- 大豆製品(豆腐、納豆、みそ)
- 肉類・魚類
- バナナ
- 乳製品
- お米・小麦
バランスのよい食事が、腸の健康を守り、結果としてセロトニンの産生を支えることに繋がります。
過敏性腸症候群——腸と脳の繋がりが引き起こす社会生活への影響
腸と脳の複雑な連絡経路が乱れることで起きる病気のひとつが、過敏性腸症候群(IBS)です。
ストレスをきっかけに下痢や便秘を繰り返す状態で、検査をしても腸の見た目に明らかな異常は見当たりません。問題は腸と脳の「連絡の乱れ」にあります。
現場からの声
就労支援の現場では、「電車に乗ると急にお腹が痛くなる」「トイレの場所が分からない場所には不安で行けない」というご相談が届くことがあります。
これは意志の弱さや甘えではありません。腸と脳の過敏な反応が、日常生活や就労へのハードルを高めているのです。まず「自分の体がそういう状態にある」と知ることが、対処への第一歩になります。
できることから始める3つのアプローチ
- 規則正しい生活リズムを整える:睡眠・食事の時間を一定に保つことが腸の安定に繋がります。
- 自分の体に合わない食べ物を把握する:アレルギーとは別に、食後に不調を感じる食材があれば一時的に控えることも有効です。
- ストレスを溜め込まない工夫をする:環境をすぐに変えることは難しくても、自分自身を責めないことが何より大切です。
腸の声を聞くセルフチェック
以下のチェックリストで、現在の腸の状態を観察してみましょう。医学的な診断ではなく、自分の体を知るための観察スタートとしてご活用ください。
| チェック項目 | ほとんどない (0点) |
たまにある (1点) |
よくある (2点) |
|---|---|---|---|
| 【お腹・消化】 | |||
| お腹の張りやガスが気になる | □ | □ | □ |
| 排便後もすっきりしない | □ | □ | □ |
| 食後に眠くなりすぎる・だるくなる | □ | □ | □ |
| 【感情・神経】 | |||
| 理由なく不安・イライラが出る | □ | □ | □ |
| 緊張するとすぐにお腹に影響が出る | □ | □ | □ |
| 集中力が続きにくい | □ | □ | □ |
| 【生活リズム】 | |||
| 食事の時間が日によって大きく違う | □ | □ | □ |
| 寝る時間・起きる時間が不規則 | □ | □ | □ |
| 朝、なかなかスッキリ起きられない | □ | □ | □ |
採点の目安
- 0〜5点:比較的安定しています。このまま腸を大切に。
- 6〜11点:腸が揺らぎやすい状態かもしれません。生活リズムの見直しを。
- 12点以上:腸が声を上げているサインかもしれません。無理をせず、専門家への相談も視野に。
※数ヶ月後にもう一度チェックして、変化を観察してみましょう。


腸は「体の揺らぎセンサー」——まとめと次回予告
今回お伝えしたポイントをまとめます。
第1回のまとめ
- 腸(小腸・大腸)は栄養の吸収と排出を担う、生命維持に欠かせない臓器
- 腸は進化的に脳より「先輩」で、約5億個の神経細胞を持つ「第2の脳」
- 腸と脳は①神経・②ホルモン・③免疫・④腸内細菌の4経路で繋がっている
- セロトニンの98%は腸で作られるが、腸のセロトニンは脳には届かない(原料=トリプトファンの補給が大切)
- 過敏性腸症候群は腸と脳の連絡の乱れが原因で、就労・社会生活にも影響する
- セルフチェックで自分の腸の状態を「観察する」ことが第一歩
肝臓と違い、腸は不調の兆候を早い段階でサインとして送ってくれます。お腹の声を「大げさ」と無視せず、体からのメッセージとして受け取ってみてください。
第2回では「よかれと思ったことが逆効果!? 自分に合った腸内細菌との付き合い方」をテーマに、腸内細菌の具体的なケア方法をお伝えします。
体調の不安を抱えながら、働くことを考えていませんか?
アイ・ワークスでは、体調管理も含めた就労に向けた支援を行っています。まずはお気軽にご相談ください。


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